
私たちの店では、スタッフがお客様のテーブルを回って、口コミをお願いすることがあります。
食事が終わり、少し落ち着いた頃です。
「よろしければ、今日のお店での体験をGoogleの口コミに書いていただけると嬉しいです」
「私たちの仕事の励みになります」
そう言って、一組ずつ頭を下げます。
お願いするスタッフも、最初から平気だったわけではありません。
断られたらどうしよう。
面倒そうな顔をされたらどうしよう。
せっかく食事を楽しんでいるのに、余計なことを言わないほうがいいのではないか。
少し勇気がいります。
店主は「お願いしてきて」と簡単に言います。
お願いするのはスタッフです。
経営者というのは、時々そういうところがあります。
もちろん、口コミを書いてくれたら飲み物を一杯サービスします、ということはしていません。
割引もしません。
何かをプレゼントすることもありません。
お客様は、口コミを書いても、基本的には何も得をしません。
スマホを開く。
Googleマップを探す。
星を付ける。
文章を考える。
誤字があれば直す。
写真まで選んでくださる人もいる。
なかなかの作業です。
食事を終えた後なら、そのまま帰ってもいいのです。
次の予定があるかもしれない。
電車の時間があるかもしれない。
家に帰ったら、洗濯物が待っているかもしれない。
それでも、自分の時間を使って、店のために言葉を残してくださる。
これは、よく考えるとかなりありがたいことです。
ところが、店側はその口コミを見て、
「星が増えた」
「良いことを書いてくれた」
「ありがたいな」
と思って、そのままにしてしまうことがあります。
書いてくださいとお願いしておいて、書いてくれたら無言。
手紙をくださいと頼んで、届いた封筒を玄関に置いたままにしているようなものです。
少し変です。
かなり変です。
私は、口コミへの返信をなぜ続けられたのかと聞かれることがあります。
約4,000件という数字だけを見ると、ずいぶん根気のある人間に見えるかもしれません。
実際は、そこまで立派な話ではありません。
返信を書く欄がある。
そこに、お客様の言葉がある。
だったら、返事をする。
それだけです。
「そこに山があるから登る」という言葉があります。
私の場合は、
「そこに返信欄があるから返す」
です。
少し規模が小さくなりました。
登山家には怒られるかもしれません。
もちろん、毎回簡単に書けるわけではありません。
嬉しい口コミには、こちらも嬉しくなります。
一方で、厳しい口コミは、できれば見たくありません。
今日はやめておこうと思う日もあります。
何と返せばよいのか分からず、画面を閉じることもあります。
それでも、お客様に書いてくださいとお願いした以上、店側にも返事をする責任があると思っています。
口コミ返信というと、集客や売上の話になりがちです。
返信を増やせば検索順位が上がる。
Googleマップからの来店が増える。
店の印象がよくなる。
そうした効果は、確かにあるのかもしれません。
私たちの店も、Googleマップを大切にする中で、お客様が増え、売上も大きく伸びました。
ただし、返信を一件書いた翌日に、急に行列ができるわけではありません。
そんなに都合のよい話ではない。
口コミ返信は、魔法でも手品でもありません。
もっと地味です。
言葉をもらったから、言葉を返す。
応援してもらったから、受け取りましたと伝える。
厳しい意見をもらったら、逃げずに向き合う。
一件ずつ見れば、それだけのことです。
でも、その小さな返事が積み重なると、Googleマップの上に、その店がどのようなお客様との関係を作っているのかが残っていきます。
星の数だけでは見えないものです。
料理の写真だけでも分かりません。
お客様が言葉を置き、店が言葉を返す。
その往復の中に、店の人柄が出ます。
約4,000件の返信は、約4,000件のマーケティング施策ではありません。
約4,000回、
「書いてくださって、ありがとうございます」
と返してきた記録です。
Googleマップはデジタルの道具です。
でも、その向こう側にいるのは人です。
口コミ返信の出発点は、難しい技術ではありません。
お客様から言葉をいただいたら、店も言葉を返す。
商売として、ごく普通の礼儀なのだと思います。